プロローグ

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耳元をくすぐる心地よいひびきに

僕の胸がじわりとうずく。

目をつぶったままでも、すぐに君だと分かる。

ほのかに甘く香るやわらかい髪と、鈴ののようにんだ声。
それはどこまでも優しくて、全身を包み込むように温かい。

夢の中でなければ、もう二度とくことはできない愛しい君の声。

そう。

僕はこれが夢だということを、嫌になるくらい自覚じかくしているのだ。

でも、あと少し……

あと ほんの少しでいいから、この幸せな夢にひたっていたい。

イザナギ

僕も――

その想いを、君に伝えようとした瞬間。

突然とつぜん、足元が崩れ去り、底の見えないやみへ落ちる恐怖に襲われた。

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その声は、確かに君のもので

でもそれはもう、君ではなくて――

泡沫うたかたのようなこの夢が今にも消えてしまいそうで、僕は咄嗟とっさに手を伸ばした。

そして、その手が空を切るのを知りながら、君に届けと願って叫ぶ。

イザナギ

僕も――

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視界が真っ白に弾けると、ハッと夢から覚めた。

伸ばした手の先には、見慣れない天井の木目がぼんやりと見える。

ゆっくり上半身を起こすと、そこは宿泊先のこじんまりした客室だった。他に誰がいるわけもなく、静寂せいじゃくだけが流れている。

僕はやるせない思いを押し込めるように、ひざを抱き寄せて、つぶやいた。

イザナギ

――この気持ちは、君に伝わったのかな?

と、その時。

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大きな声と共に、部屋の板戸いたどがバタンと開いた。

強く輝く太陽光に、僕は思わず目を細める。

イザナギ

このギラギラのあつは――

イザナギ

アマテラス!?

そこに立っていたのは、僕の娘の太陽神。そしていまや、この日本の最高神となった天照大御神あまてらすおおみかみだった。

彼女は心配そうにこちらへ近づくと、ひざをついて僕の顔をのぞき込む。

アマテラス

お父様、うなされていたの? 大丈夫?

イザナギ

え? ああ、うん……

イザナギ

大丈夫だよ

僕が誤魔化ごまかすように はにかんで笑うと、アマテラスはパァァっと笑みを浮かべた。

アマテラス

あらそう、よかったわ!

アマテラス

それなら、私の話を聞いてちょうだい!!

イザナギ

え!? この流れで話題を変えるのか!?

イザナギ

あ、いやっ、大丈夫っちゃ、大丈夫ではあるんだけど……

僕は言葉をにごす。

そりゃ、もちろん、僕だって、今さら過去のトラウマを根掘り葉掘り聞いて欲しい訳ではない。

イザナギ

しかし……
しかしだなぁ!!

そんな僕の心の葛藤かっとうなどお構いなしに、アマテラスはクワッと目を見開いた。

アマテラス

今ね、ほとけがヤバいの!

イザナギ

は?

イザナギ

え……ごめん。ホトケって、あの仏?

繊細せんさいなこの想いが完全にスルーされた上に、あまりにも突拍子とっぴょうしもない単語にきょをつかれて、僕はぽかんと口を開く。

しかも、今はちょうど、神在月かみありづき

日本の神々が出雲に大集合している、このタイミングである。

そんな時に、まさか『仏』なんてワードが飛び出すとは……

アマテラス

あら。お父様ったら、仏も知らないの??

アマテラス

今、めちゃくちゃ流行はやってる、インドの神様よ!

イザナギ

あー。まぁ、知ってるっちゃ知ってるけど……

なんなら、仏とは「さとりを開いた人間」のことなので、アマテラスの説明が間違っていることも知っている。

アマテラス

それでね? 仏を信じる者は、みんな救われるんですって!

アマテラス

だから、毎日おそなえ作ったり、おやしろを掃除したり、建てえたり……

アマテラス

「世話の焼ける神より、仏の方がコスパ良い」って、うちの国民がぞろぞろ仏教徒ぶっきょうとになっちゃって……

イザナギ

ああ、なるほど

アマテラス

ああっ!
私の可愛い子たちが、みんな仏推ほとけおしになっちゃったらどうしよう!!

アマテラスはこわばった表情で頭をかかえた。

イザナギ

けど、それもまた別の宗教しゅうきょう混同こんどうしている気がする……

アマテラス

おかげで、日本の神話を知らない日本人まで増えちゃっているのよ?

アマテラス

お父様だって感じてるでしょう、徐々に神力が弱まっていくこの感覚っ!

イザナギ

あぁ……

それは、確かに感じている。

いまや神なんて、人々の祈りがなければ形すら保つことができない、ひどく曖昧あいまいな存在なのだから。

このまま彼らの関心が薄れれば、きっと僕らはかすみのように消えてしまうのだろう。

アマテラス

これって、八百万やおよろずの神々大ピンチじゃない???

アマテラスは早口でまくし立てると、僕の方にググッと顔を寄せてきた。

イザナギ

え? あー? まぁ、なんとか? できたらいいかもしれないけど……

イザナギ

時代の流れもあるし、どうやって?

僕がアマテラスの勢いに押され、要領ようりょうを得ない返事を返すと、彼女は「えへん!」と偉そうにった。

アマテラス

それがね、私わかっちゃったのよ!!

アマテラス

仏教の人たちが使っている『魔法の秘密アイテム』が!!!

おお。

なんだ、その『魔法の秘密アイテム』とは。無性むしょうに少年心を揺さぶるではないか!

僕も思わず前のめりになる。

イザナギ

その、アイテムとは??

アマテラス

それはね……

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イザナギ

は? お経?

期待外れかつ地味な回答に、僕はまゆをひそめた。

アマテラス

そう! なんだか難しい名前の本がたくさんあってね、

アマテラス

ブッダ??

アマテラス

さんの、カッコイイ言葉がいっぱい書かれてるんですって!

アマテラス

それで『仏すごーい!』ってなって、みんな熱狂ねっきょうしてるの!

イザナギ

ああ、なるほど……

イザナギ

確かに僕も、仏教は法華経ほっけきょうから勉強したな

アマテラス

だから 私たちも、お経みたいに自分たちのやってきたことをまとめた本を作ればいいのよ!!!

アマテラス

そしたら、みんな「八百万の神々すごーい!!」ってなって、また私たちを大好きになるはずだもの!!

アマテラス

ねぇ、これ、すごくいいアイデアだと思わない???

アマテラスはキラキラした表情でこちらの賛同さんどうあおいだ。

イザナギ

うーん……

そうは言っても、うちの神話に仏教みたいな「教え」なんてないし、昔ばなしの延長えんちょうだから、そんな熱狂する信者は現れないと思うけど……

でも、僕も神々みんなの話は好きだし、まとめたら面白そうだ。

イザナギ

まぁ、昔ながらの口伝くでんを文字に起こすのは、反対が出るかもしれないけど……

イザナギ

君がやりたいと思うなら、やってみなさい

僕がそう言って微笑むと、アマテラスはさらに目を輝かせる。

アマテラス

ありがとう、お父様っ!

アマテラス

お父様なら、絶対にそう言ってくれるって信じてたわ! 大好き!!

愛娘まなむすめがバサッと勢いよくハグをしてきたので、僕もつい顔がデレる。

イザナギ

あははっ、どうせ 君は僕が止めたって、止まるような子じゃないしね?

アマテラス

ふふっ! 当然よ!!

うちの娘はいくつになっても、かわいい。そして、その笑顔はどこか、彼女に似ていた。

アマテラスは改まって姿勢しせいを正すと、明るい声で言う。

アマテラス

それじゃあ、お父様?
早速、この国のはじまりについて教えてちょうだい

イザナギ

はぁ? 君はもう、知ってるじゃないか

アマテラス

最初から、ちゃんと聞きたいのよ

アマテラス

だって、この国はお父様とお母様が産んでくれたんだもの……

アマテラスがうっとりした表情で、中空を見つめる。

娘に尊敬そんけいされるというのは、父親として嬉しいものだが、どうもこう、正面きって言われるとこそばゆい。

僕は照れ隠しに、ポリポリと頭をかいて、視線を逸らした。

イザナギ

それじゃあ……どこから語ろうかな?

アマテラス

全部よ。本当の最初の最初から!

イザナギ

最初から!?

イザナギ

うーん。僕も自分が生まれる前は、そんな詳しくないんだけど……

僕は腕を組んで、脳みその奥に追いやられた、太古たいこの記憶を手繰たぐりり寄せる。

ふとまた、君の笑顔がちらついた。

イザナギ

まさか、今になって僕らの物語を語ることになるなんて……

イザナギ

さっきの夢は、君からの神託しんたくだったのかな?

そんな考えが頭をよぎると、また心がチクリと痛んだ。

でも……

自国の神話がおろそかにされている今だからこそ、伝えたい。

イザナギ

君が、どれほどこの国を愛しているのかを

僕が寝巻きのまま立ち上がって縁側えんがわに座ると、アマテラスも隣にストンと腰を下ろし、期待に満ちた表情でこちらを見上げた。

10月の出雲いずもおだやかで、優しいそよ風が、庭の清水しみずのほとりに咲いた岩蕗いわぶきの花をそっとなでていく。

ほのかに甘く香る秋風の中には、どこかなつかかしい気配が溶け込んでいた。

僕はそっと目を閉じ深く息を吸うと、心が静かに満たされていくのを感じながら、ゆっくり口を開いた。

イザナギ

それじゃあ、語ろうか

イザナギ

僕『イザナギ』と、最愛さいあいの妻である『イザナミ』による、日本のはじまりの物語を――

Story:小野寺優 Illust:駒碧 × AI × Canva
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